よくよく考えてみると、人間って戦ってばっかだ。
俺の知るかぎりでも、日露戦争、第一次世界大戦、日中戦争、第二次世界大戦、朝鮮戦争、インドシナ戦争(ベトナム戦争)、イラン・イラク戦争、中東における戦争、テロに対する軍事的介入、ガザ地区等世界各国で行ってる戦闘の数々
ここ100年をとっても戦いっぱなしだ。
そこには必ずと言っていいほど、不条理の沼があって
そこに落ちるのは、極少数のエライ人、運の悪い兵隊さん、そして多くの全く関係のない人達。
学校の先生、看護士さん、飲み屋のバーテン、食堂のおばさん、若い人、老いてる人、善人、悪人、男、女関係なく、その沼に落ちる。
今まで笑顔だった人たちが、一瞬で凍りつき、あるいは、そのまま動かなくなる。
今の平和は、すごく強力な「力」で守られてるらしい。逆を言うと、下手なことすると潰すとも言えるわけで、そこに笑顔はあるのだろうか。
そのボタンを押してみてよ。笑うのは誰?結局押せないんだったら、そもそもそのボタンは必要なのかな?
そのボタンが無ければ、笑顔がもっと増えるんじゃないかな?銃、ミサイル、そして核。人を殺す道具で守る平和に本当の笑顔があるのだろうか。
地球を考えるんだったら、いっそのこと、その「力」とやらで人間を半分ぐらいにした方がいいんじゃないか?
そんな時、笑うのは、極少数の普通の人と、運のいい兵隊さんと、多くのエライ人なんだろう。
その笑顔を鏡で見れるだろうか。
2010年9月5日日曜日
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