未だ、先週火曜日に診察に受けたことを引きずっておりまする。
9/28の診察で可能性は低いと言われるも、0%ではないというただし書き。
俺的に、いや多数の人は、「ガン」=「死」のイメージであり、「ガン」かもしれないというのは「死ぬ」かもしれないというのと同義であり、以前ODをした時より、更に「死」というものがリアルに提示されたものと思います。
「死ぬこと」
リスカやODなど、仮想的な自殺的自虐、もしくは自殺。それらは、自ら「死」を選択するものであり、今回のような死にたかねぇと思う人間が宿命的に「死」と直面することは、失礼ながら、「死」に対する”重さ”みたいなものはやはり違うと思う。
「かもしれない」
俺的には、隠されるより告知を望む方である。告知の方がまだ気持ち的に整理はつくし、これから何をすべきか(入院、治療、手術、死を待つ含む)道筋が分かる。でも、この「かもしれない」というのは、とてもファジーなものであり、自分がどうすべきか、イマイチよく分からない表現。確率は五分五分みたいな感じがたまらなく不安でイヤだ。
先日の診察で、可能性は低いと言っても0%ではないというのも、ただ確率が低くなっただけで、当らないとは、いや、ハズレばっかりのルーレットにダーツを刺すようなもので。
結果が出るのは来週の月曜日。取り越し苦労ならヨシ。肺炎なら手の施しようがある。ガンだったら。。。いや、今の俺の体調からして、末期とは思えず、治療は行えるのではないか。と期待できる。その結果が来週の月曜日。まだ1週間もある。
その間、俺はどんな精神状態を持っていればいいのか。ウイルス性肺炎の可能性があるため、家では、ご飯以外は自分の部屋と、半隔離状態のまま10日になります。
リビングにあるパソコンは休むべきと判断され使用禁止。嫁と小僧が出かけてる今、ひっそりと更新してマス。
体調的には、平熱であり、咳とタンがちょっと出る程度です。あと扁桃腺が痛いくらい。まぁ小康状態と言ったところか。なので、別にゲホゲホッ!血だ!みたいなことはなく、微熱のある嫁より動ける感じです。取り越し苦労?的なところもあるのですが。
肺炎、肺ガンかの結果が出るまでの不安、その不安をごまかす為に、タバコに火を付ける俺。どんだけー
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