2011年10月16日日曜日

疑問はつのるばかり

 ニュースでもツイでもいろいろそうなんですが、放射能、放射性物質、放射線について、マジすげぇあぶないから今すぐ逃げた方がいいとか、ガイガー当てて確認しないと物食えない。という主張と、それはデマや誇張があり、安全圏を保っているから、そこで暮らしても、許可の下りた食べ物は別に食べても問題ないよ。

 というように二極化しているように感じます。中間な方は傍観の方向。自分も然り。


 どの発言に対しても、持論のみの極論は抜きにして、各々の専門家だったり、ジャーナリストだったりの発言を根拠として主張しています。


 ひとつ確実なのは、強い放射線は身体に影響を及ぼすことは確か。それは病院のX線写真だったり、CTだったり、被爆した放射線量と身体の影響に対しての因果関係が確立されているからですね。


 自分が、日本の基準を調べた時、年間の累積被爆の基準は1mSvだったのですが、20mSvに何時の間にやら変わっていました。食べ物や水に関してはベクレルという単位を使うので、更によく分からなくなってきているのですが、国は大丈夫。と言って、福島でも米の安全宣言を出しました。


 安全宣言と言っても、やはり、危険エリア付近では米どころか稲作自体していない。実際見た測定値も0.2mSv/日。累積すれば3年で基準を超えてしまい、それはなんらかの影響が出る。これは分かるのですが。。。


 国の発表より、ある機関の専門家の主張を信じる。国が発表する学者さんは御用学者なんて呼ばれていますが、それぞれそれなりの基礎を持ち、それなりの研究により発表している。裏を返せば、その研究成果を信じる、信じない。というのなら分かるのですが、その専門家の意見(個人的意見と言うのでしょう)なり持論を信じるのはどうか。と。


 あの人がそう言ってるから危険なんだよ。逆にあの人がああ言ってるから安全なんだよ。これが二極化で発言している主な主張の根拠となってるような気がします。


 そこにマスコミなどは、統計の一部分を持ってくるので余計混乱してきます。統計学はあくまで「確率」「可能性」を差すものであって、それをまず理解しないと、かえって混乱を招きます。


 簡単な例えでいえば、サイコロ。1~6の目を全て出す確率は、1/6ですね。じゃあ6回振れば、全ての目が出るの?と聞かれるとそりゃないでしょ。という人が大半だと思いますし、実際そうです。

 同じ条件下のもと、何百、何千、何万回も繰り返し、確率が収束していく。それでも「限りなく1/6」という確率となり、決してキッチリ1/6とはならないんです。


 また別の統計として、偏差値という物があります。一斉に同じ問題を時、その点数が多い部分、なんかみぃよーんって山を見た人もいると思います。その頂点を49とし、それを基準にそれより上の人は高く、下の人が低くなるわけですが、なんでそんなことするの?と思う人はいるのでしょうか。

 これは、その単発の成績を見ているのではなく、過去のデータの推移を見たりしているんですね。それもサンプルの1つとなって。1年や2年では、当然ムラがあったりします。同じ問題を出しているわけではないので。

 それを10年推移で見てみる。初回、偏差値49が65点だったのに対して、64.5、64と下がってきている。同レベルと思われる問題を出し、その点数の推移を見る1つのデータとなるわけで。


 そこから、「因果関係」という言葉が出てきます。何故、点数が下がったのか。例えば途中で教科書を大幅に変えたり、学校の勉強に対する時間、基準、その他が改正されたり。そこで初めて分析ができます。

 学校における勉強の時間の短縮したら、点数が極端に下がった。のであれば「学校における勉強の時間」と「テストにおける点数の減少」は因果関係がある。と言えるわけです。


 この2つの統計は全く別なのですが、今、それが錯綜している気もします。サイコロを振り続けたら、1が3回連続で出た!放射能で言えば、どこそこで、チェルノブイリ以上の線量が出た!これには何かがある。。。ないですから。

 山の裾野の部分だけにスポットを当て、ホラ、この線量だと、身体に影響がすっごく出るんだ!だから危険。結果全体を見ると、どこも同じような山だったり。


 いかにも統計っぽいんですが、これらはデータとして成立たないんですね。サンプルが少なかったり、全体を見てなかったりと。放射線と身体の影響に因果関係はあっても、間違ったデータではその因果関係に当てはめられないということです。


 そおいう自分はちゃんとしたデータを持ってるの?それが信じるに値するの?どのデータだったら信じられるの?と聞かれるとそのようなデータも知識も無いので、国の代表である政府ならびに各省の情報を信じて生活しているのですが。どちらが正しいのかはわかりません。

 でも、国の事を信じて、実害が出たとすれば、国を相手に集団訴訟なんてこともできるけど、一専門家だったら「いやあくまでこれは個人的意見でして。。。」なんて叩くことは出来れど、その実害をなんとかしてくれる訳でもなく。


 公害病での訴訟もそうだと思います。その当初から危険性を訴えていた人はいると思いますが、国がそれを承認した。結果、実害が出て訴訟となり、補償することとなった。国が間違いだった。と司法が判断した訳ですね。


 今回も、累積だったりするので、即実害というものではないのも厄介な所であり、どれが安全基準なのかも曖昧だったりする。ただ、国が決めたことであって、それが間違いであったのなら、それを司法がしっかり判断してくれるでしょう。そうじゃないと三権分立がメチャクチャになってしまいます。


 それらを踏まえ、今疑問に思うこと。危険と主張する人、安全と主張する人どちらでもいいです。


1.放射性物質が、3月の風により拡散した事は事実。その風は当然ながら日本だけではなく、諸外国にも通っていると思いますが、隣国から何かしらの提案・苦情などはあったのか?


2.その放射性物質は海にも入っていて、高濃度の放射性物質を海に流したとも報じられています。海には海流があって、海流は北へ。そして南に行くのですが、それに関して環太平洋諸国からの連絡等はなかったのか?


3.上記2つでも大きな国際問題となる可能性があると思いますが、事故から半年以上たっても、そのようなニュースは報じられていない。外国のメディアで報じられることはあっても、その国自体の意見として出されていない。




 核保有国ならば、放射線のリスク、それらの研究は日本以上に行われていると思いますが、どうなんでしょう?地震に対しては環太平洋プレートの影響もあるので各国研究しているようですが。。。