2009年10月20日火曜日

Uのおもひで ~act.2~

=不信の片想い=





あんたがドアを閉じ鍵をかけたら
今まで知らんふりでやってた『友達』をかなぐり捨てて、音が響き渡るくらいのキスをする。
玄関で抱き合ったまま靴を脱ごうとすると、膝と膝ががんがんぶつかって、
邪魔でイラついて少し楽しい。
一旦離れてそれぞれ靴を脱いだら、広くない部屋を急いて奥まで。
雪崩れ込み押さえ込み。

お互いに加減なんてできない、
どっちがどれだけ相手を気持ちよくできるかみたいな、落下速度を競う勝負の開始。

ボタンが面倒くさい。これも一種の焦らしかな。
肌が露わになった瞬間の震えは歓喜。
空気に触れてゾクリ、指が触れてゾクリ、唇が舌が、

全てが晒され舐めつくされ侵食される喜びに、背骨の芯を通って全身が震える。

オレの肌はヘンに生っ白いから
あんたはそこに吸い付いて噛み付いて赤い痕をこれでもかってつけるのが好きらしい。
そんでオレはあんたの肌が滑らかで気持ちがいいから
どこもかしこも撫で回して舌を這わせるのが好き。

そんなとこまで。こんなとこまで。






もう、どっかに行っちまいてぇな。オレとお前以外誰もいない所。

並んで歩く道すがら、時折あんたはそう呟く。
青も緑も鮮やかに映る陽のもとで。
或いは夕暮れ時、頼りなくコウモリが羽ばたくのを見ながら。

そしたら今よりもっとずっと、お前に言いてぇ時に言いてぇことが言えるのに。

街中でそっと手を繋ぐのは小さな犯罪
仲の良過ぎる友人と恋人の違いは天地ほど
世界は広く見せかけて不平等で否定的
明るみに出れば失うものは限りなく
秘する苦悩がなくなることは、果たして得るものと呼べるのか

最終的には、お前さえいりゃあいいよ。
そう言って痛いほど手を握られたら
オレもそうだよ、と答えて握り返す。
小さな犯罪は今日も誰にも見咎められず
その度に思い切れなくて二人足早に帰巣する。






蟹座のマークって、確かこんな感じ。

上下逆さまになって、粘膜と軟らかい蠢きに悶え合う。
すごくいい。下の方で聞こえる音に眩暈しそう。
オレは全部を、満遍なく思うさま愛して昇らせる。
あんたは特に感じる部分を、避けて焦らして溺れさせる。
余裕有る無し関係無し。そうするのとそうされるのが好きなだけ。

うっかり目を閉じたら鋭くなった感覚があっという間に解放を促す。
びくん、とどちらかが耐え切れずに吐き出せば
その瞬間の満足感がもう一方を達せさせる。
ごくり、と飲み込むと、喉の奥にいつまでも残る匂いと味。
はぁはぁと上がる荒い息は、反して甘そう。

それから似たようなそれらを混ぜあう行為。
ふらふらと起き上がってするキスは浮遊感を強めて、ますます訳を分からなくする。

あっちぃ。
隙間ができた途端そう呟いたあんたの胸元を汗が流れる。
反射的に舐め取った。
今ここにあるあんたの全てが、素直に勿体無くて愛しい。

そのまま体を押し倒して、あんたの上に乗っかって、目に入る場所全部を味わう。
あんたは時々艶っぽい声を上げて、オレの頭を掻き雑ぜる。
髪の毛。頭皮。オレはそこも性感帯だってあんたに教えられた。
体のてっぺんを細い指が両手分、広範囲でバラバラに刺激してくる。
やってくる二度目の昂ぶり。こんなにあっけなくていいのかね。






青天の霹靂と呼ぶに相応しい。
あの日。
好きだよ、と言われて。
頭の中、痛みをもよおすほどの凍みを無視して、
オレもです、と抱きついた。
一つ優しいキスをして、二つ小さい涙をこぼして、
それからそのまま今日まで来た。






ゆっくりと、腰を下ろして行く。
最初の痛みには慣れた。今はただ、その先にある疼きを待ちきれない。
辛くねぇか?と、薄っすら開いた目がオレを見上げてる。
答える時間も勿体無い。あんたにも、早く気遣う時間を無くしてほしい。
二人してさっさと気持ち良いだけになりたい。
それに思ってるほど辛くはないんだよ。
ここはもう、あんたを迎え入れる場所、ってなっちゃってるから。

焦りながら味わって、全部入って、
自分じゃ頑張っても届かないところにあんたがいる、それが総毛立つほどの快感で。
大きく息を吐いて力を抜いたら、腰骨にそっと這って回る。
あんたの手。
それだけで死にそう。
その手に揺すられたら、もう声だって抑えきれない。

見下ろしたり開かれたりひっくり返されたり。
形を変えれば感じ方も変わる。
なんにも分からなくなるくらいの快感にだけ浸っているようで
どんな時でも消えない冷やりとした自分の中枢にそれらを記憶していく。



こんなこと、何時間続けても刹那だよ
こんなことだけじゃない
あんたといる時間の早さは、いつだって驚くほどだ
息止めてたら止まったらいいのにって時々思う

だけど刹那はぎゅっと固めた輝きと幸福
いつか一人振り返ったときに見える宝石

その時のために知っておきたい
あんたに関わることなんでも全部




我慢して、我慢して、もう限界。
必死で伝えたらあんたも追いついてきて、
二人していっぺんに、すごい勢いで吐き出す熱。

ガクリと落ちる感覚、でも下がどっちか分からない。
声も交えた荒い息は、今度はなかなか収まらない。
そのままで告げられる言葉は熱く跳ねながら伝わる。
愛してる。
うん、と答えると、気が緩んで涙が零れ落ちた。


あんたの言葉に、受ける心が自動的に、『まだ』と付け加えていた。

愛してる。まだ。






もしも本当にお互い以外を投げ出して
オレとあんたの二人きりの世界に辿りついたら

二人しかいないからと、交わされる言葉は、もっと少なくなるだろう。

繋ぐ手は一つしかない
見つめる目は一対しかない
あんた以外の存在が自分しかないということが

きっとオレを、心底不安で寂しい気持ちにさせるだろう。

今日か、明日か、あさってか、
一体いつあんたの中で『二人きり』が、

馴れ合いと惰性、
『他にいないから』という、たったそれだけの現実に摩り替わってしまうのかと。



オレとあんたの二人きりの世界に辿りついたとして
現実が、馴れ合いと惰性、『他にいないから』というそれだけのものに摩り替わった時

捨ててしまったものに比べて残ったものがどれほどつまらないか
あんたが気付かずにいるものか。





ベタベタで青臭いまま抱き合って
『二人きりの世界に行きてぇな』ってまたあんたが言ったから、
オレも『そうだね。』とまた答えた。
あんたはたくさんのものを含ませてちょっと微笑んで、
それからすとん、と眠りに落ちた。





今現在オレとあんたがいるということの理由なんていうのはなんでもよくて
それこそ馴れ合いでも惰性でもよくて

だけどとりあえず、『多くの中から選んだ』っていう、
躊躇いながらも事実と認定してもいい事象が
頼りない拠り所として心の中に在るんだ。


オレらが今いる所は、雑多で、煩くて、醜くて、乱暴で、おせっかいで、


だけどオレは
この恋が晒されて駄目になってしまうことを恐れるふりをしながら
二人で閉じこもって密やかな粘っこい時間を過ごしながら
耳を澄ましてその気配を探ってるんだ。
そして窮屈なこの場所の不満をあんたとこぼしながら
圧迫するそれに依存してるんだ。






寝顔を見つめる。
胸の中を嵐のように暴走して破裂させる勢いの想い。

あんたが好き。窒息しそう。

オレは本当にあんただけでいいよ。


『でもあんたはきっとそうじゃない。
どこかで何かを間違ったまま来てしまったのに
そのことにまだ、気付かないでいてくれてるだけなんだ。』


『じゃなきゃあんたみたいなひとが、オレを愛することなんてあるものか。』

『じゃなきゃあんたみたいなひとに、オレが愛されることなんてあるものか。』








本当は
どこにいたってどんな時だって
不安材料が存在するのは当たり前
見えなくたってどこかにどういう形でか終わりはあって
二人きりだろうがそうじゃなかろうが
気付いてしまう時は気付くし
駄目になるときには、どんなことをしても駄目なんだ



だから
だったら

オレは、ここでいいです。

この窮屈で限定された場所でだけ許されるこの時間でいいです。



だってここなら
あんたに手を離されて離れられて
刹那の宝石さえ無くした抜け殻になってしまっても
放り出された先の雑多で煩くて醜くて乱暴でおせっかいな世界は
消し去る勢いでオレを飲み込んでくれるだろうから。








するすると、茶と黒の混じった短い髪を柔らかく梳かす。
完全に寝入って無反応。
なのにオレの腰を抱え込んだ腕の力強さったら。





ねぇキクさん
オレら、いつまでこうしてられるかな。








ねぇキクさん

オレ、いつまでこうしててもらえるんだろうね。

Uのおもひで ~act.1~

=明日役に立たない無駄知識=


「クモってコーヒーを飲むとでたらめな巣を作るらしいよ。」
「へー。……で?」
「うん?」
「そんなこと考えてたんじゃないでしょ学。」


無理矢理に合わせられる視線。
あんた目が笑ってないから、代わりにオレが笑っとこうか。
それで引き下がってくれるとも思わないけど。
遠くを向けば同じものを見ようとし、
俯きがちになればもっと低い姿勢になって落とすもの全部を拾おうとする。
ベンチに隣り合って長いこと、あんたはオレとここにいる。


夕暮れ時の公園に来るのは小さい子供じゃなく、わざわざはぐれたい捻くれ者。
こんな時に限ってどうして、一番見つけてほしくない人が探しに来るんだ。




「悩み事?」
「…ってほどでもない。ホント、大丈夫だから。」
「うん…まぁ言いたくないなら無理に聞こうとは思わないけど。
でも学ってなんでも一人で考えようとする上にあんま嬉しくない結論に達するからなあ。」
「なにそれ。」
「なんかこう…極端だったり、言ってくれよ!みたいなことだったりさ。」
「ハハハ。」



悩んでるんじゃない、
ただ時々あんたに対する感情を持て余したりどうにでもなれと思ったり。
つまりはそういうことですよ。
言ってくれよとか言っていいよとか、もし知った上でもそう言ってくれる?
まぁ、くれるだろうねオレのために。
だけどこっちが無理なんだ。自分でもなんでか分かんないけど解放できない。
どんどん大きく膨らんでいくのに任せていくしかない。


ああなんて独りよがりで身勝手な恋心。




逢う魔が時
暮れていく太陽とともに、いっそ消えてしまえたら。




「…林さん、良い人だよね。」
「なにいきなり。」
「こんな捻くれたワケわかんねぇヤツのこと気にかけてくれて。」
「いやいや、学だっていいやつじゃん。優しいし。」
「そんなことないよ。」

不毛な褒めあい。恥ずかしげに苦笑いしながら。
いやホント、どっちのことだよ、って話。

『いいやつ』も『優しい』も友達として。
心配したり付き合ってくれたり励ましたり慰めたり、見つめたり、声を掛けてくれたり。
不満じゃないけれどもやもやしてる。
今この場で寄掛ったって、その真意はきっと永遠に届かないままだろう。



ここから見る夕陽は綺麗だね。
また一つ、消すことのできない、オレにとってだけ大切なものが増えた。



今更なこと一つ一つ数えてヘコんで沈んでも
それでもあんたが好きなんです。
良い人はオレじゃなくてあんたです、
そしてその裏表のない笑顔とか気遣いとか言葉とか仕草に
自惚れや期待をかける間もないほどの速さと軽やかさで、
あんたは簡単にオレを浮上させオレの中に居座って領域を広げてしまうんです。


「林」
「ん?」
「あのさ、」



今日も明日もあさってもきっとオレはあんたが好きで
そのうちこの理由の分からない抑止力を振り切って伝える日がくるかもしれない。
けれどそれは今日でも明日でもあさってでもあるようでない、
悟りの域にまで達した清浄心か瞬間破壊のような衝動を伴う『いつか』。



「…渋谷には昔ロープウェーが走ってたんだって。」
「…へー。」





それまではただあんたを想う日々。