2011年4月22日金曜日

大事な人と必要な人

 こんな俺でも、仲間、大切な友人と呼べる人物がいて、別に頻繁に連絡をとりあうとかはないですが、困った時に助けたり助けられたり。本音をそのまま話せるまたは聞けるだけでも、非常にありがたい存在だと思っています。いわば「大事な人」ですね。

 大事な人とは別に、この人がいないと困る。この人じゃないとだめ。この人がいればなんとかなるというような、人に対して、必要な人っていうのも存在します。社会において、例えば大きな会社だと、ほとんどの社員はネジや歯車にすぎません。ダメになったら交換すればいい。「お前がいなくても会社は回っていくんだよ」なんて言われたり。

 でも、一握りの人は、会社からも必要とされていたりします。当然、それ相応な努力と成果を出してきたからでしょう。人間性も大切だと思います。

 プライベートの中でも、この人と遊びたい、この人がいるとなんか落ち着く。もっといくとこの人がいないとなんか不安。この人がいないと寂しくてしょうがない。この人がいないと生きていけない。。。

 最後は言いすぎかもしれませんが、言わば、これは「必要な人」ですね。

 大事な人と必要な人は似て多いに非なる存在で、必要な人というのは、自分に対してほんの一握り、ある意味1人いればいい。ような存在なわけです。かと言って大事な人が簡単に作れるかというと答えは否であり、考え方は違えどフィーリングだったり、方向性だったり、めったに出会える存在ではありません。

 一番大きな違いは、「大事な人」はいなくても、自分の生きる道に対していなくても生きていけるということ。例え、大事な人が見つからなくても、己の判断でなんとかなるということだと思います。

 逆に「必要な人」は文字通り、自分の生きる道に対してなんらかの事象で必要になってくる存在となります。遊びでも、生活でも、生きることでも。

 両方、大切だと思います。ただ願望として「必要な人」になりたいな。って思いはあるわけで、そこに寂しさだったり喪失感を感じたりすることと思います。実際そんな風に思ったり。

 じゃあ、俺に今、「必要な人」が必要か?と問われると別に。。。と答えるでしょう。独りで寂しい時はあります。だけど、この人がいなきゃ。。。と言い切れる人はいない訳で。そこにジレンマを感じたり。

 出来れば「必要な人」になりたいですね。それにはそれ相応の努力が必要であり、それを今、出来ていない状況ですが。

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