2012年12月25日火曜日

五次元イメージ

イメージを

文字にする 筆をとったら絵になる

言葉にする メロディをつけたら歌になる


絵にもいろいろある

水彩画 油絵 鉛筆の落書きでもイメージの表現には変わりない


歌にいろいろ付けると曲になる


ギター ベース ドラム ピアノその他諸々

どちらかと言うとイメージを具現化すると言ってもいい。その具現化に必要なモノ。




音楽でも絵でも何やらルールってもんがあるらしい

ルールというより定跡と言った方がいいか。こうなるようにするにはこうする。それがデッサンだったりコードの進行であったり。


天邪鬼な自分は、それに疑問を抱く。不協和音はルール違反ですか?絵を描いてそれを真っ黒に塗りつぶしちゃいけないんですか?


どんなモノでも最初は模倣から始まる。そしてやがて自分が表現したいイメージが見つかる。それは否定しない。


先人の教えはすごく勉強になる。勉強というより糧になる。ただそれが正しいか正しくないかは結局は自分次第。ここには矛盾がある。



結局の所、一番大切なのは、自分の持つイメージが表現出来れば、ルールとか定跡とかは関係の無い事ということ。


場数を踏む。大切だ。誰かに聞いてもらい、レスポンスを貰う。大切だ。ただそれは自分の持つイメージが固まってからの話な訳で。



線が一次元 面が二次元 高さのあるこの場所が三次元 時の概念を入れると四次元


それすっとばして、心のままにそんな中に入れる五次元



その五次元人間はイメージばかりが先行する。しかもそのイメージは日替わり弁当のようにコロコロ変わる。なかなか固まらない。実に厄介。


ポジティブかと思えばデスなイメージ。ゲンジツとリアルと夢なイメージ。そんなミックスジュース。表現し辛いのは当たり前だ。


でもそれが表現できた時、他には無いモノが出来上がる。可能性はある。そう信じてる。信じてるじゃねぇな。出来る出来ないの問題じゃない。やるんだ。


ピカソが生きてた頃、ズボンが1本しか無くて、恋人と一緒に外に出れなかった。なんてのは有名な話だ。

ピカソだってゴッホだって、死んでから絵が評価された。死ななきゃ評価されないのか?なんて思うけど、生きてるうちに評価それる人もいる。



それにはまず、そのイメージしたモノを出さなきゃね。自分がルールブックです。自己満足のオナニーで済ませるつもりはさらさら無い。五次元イメージも出して初めて評価されるのだから。





とは言っても、基盤あっての物種。 その為に何をするか知ってるだけでも前進出来る。

0 件のコメント: